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虐待サバイバーななのにっき2

クリスマスのねがいごと

だしたので、ついでにキキララちゃんの絵本、よんで、涙腺崩壊…

 

ぷええぇぇぴぇぇ

 

 

 

やっと、すこし、おちつきました。

 

にじが、すきです。

ななは、なないろがすきだし、ももいろも、すきです。

 

にじは、みんなのゆめでできているからきらきらしていて、いつか空へとけて、消えてしまっても、それはだれかのゆめがかなったしるしなんだって。

 

最初の4ページ?だけでもう号泣です。。

 

かなちゃん、愛弥ちゃん。

 

みてる?

 

 

 

 

 

なな、ごめん。。

まだ、そっちへいけない。

 

 

ごめん。。。

 

S先生、ごめんなさい。

なな、いまだこんなので、ぐずぐす、しています。。

 

なにもかもを、自分の都合のいいように解釈して、勝手に感謝なんかして、いきています。

 

かんしゃのきもちをもつ、と、なんとなくきめてしていた夜のお祈りがとぎれたのは、かなちゃんが亡くなって、その後1週間くらいの期間、わりと平気だったころ。それが、おわったあとだった。

 

2週間平気でしなかった。それまでほとんどずっとしていて、もう習慣になりつつあったのに、一昨日やっとあれからしただけ。。

 

そのきっかけはお義母さんから、結婚した年にいただいた、メダイのペンダントを、またみつけたこと。

 

みつけた、というのは、ななはなぜか、たいせつなものほど、どこかへしまいこんで、そのときはなんかたいせつにしまうんだけど、すぐに存在をわすれしまうくせがあってですね、、だから、わりと、お得なんですよ。

 

あ、あったー!

 

って、新鮮なきもち、もらったときのうれしいきもち、神聖なものにすこしでもちかづいたようなあらたなきもちを、毎回もてるんです。

 

一方でななは、つらいことも消し去って、わすれてしまい、おもいだすことはないです。ふとしたときに別の形ででてくると、もうあわあわってなります。

 

お義母さんには、またみつけて、ひっこしのせいでしまいこんでたってことになってるけど、引っ越す前もどこにいったか、またどこにしまっていたかなどもまったく憶えていないし、なぜひっこしでなくならなかったのかふしぎなくらいです。

 

そのペンダントを、昨日はずっとつけていました。なにか力をもらえるきがしたから。

 

お義母さんは、私にも、こういうものを身に着けることでなんか強くいられるなんて思えた時期があったのよ、なんて笑っていらしたけど、お義母さんはいまでも、神さまのことをそれなりに感じているとななはなんとなくおもう。

 

ななは、けっきょくはカトリックをえらんで、でももはやおなじでしょといわんばかりに、洗礼をうけたけど、いまそのときのきもちを思うと、つらくてもくるしくても、愛弥ちゃんのことを祈ってもらったK市の教会、そのあと受洗した教会、、長崎にでかけて黒島を訪れたときの教会、、そしてそのとき、そこで、それぞれでかんじたきもちやら、きらきらした海、日曜にわりとまじめにミサ通ってたころのいそがしかったけどすごくたのしかったころのこと、、なんかつらつら、ですが、思い出して、簡単に消えたいとか死にたいとかほんとにいえない、って、、少しだけ、、、かな、、でも、おもう。。

 

けど、そのきもちもうそじゃなくて、ほんとうで、、けどやっぱり、生きてなきゃなにも、かんじることもできない、かんがえることも。。

 

にじがすきです。

そのすべてを、この手におさめたいと、いつもカメラをもって、おいかけた、日々。

 

にじの匂いがわかると、いつも言って、ははおやにもともだちにも、うそだ、っていわれてた日々。

 

春もそうです。さくらや、チューリップや、ひなげしや、かわいいたくさんのお花たち、春のあまいあたたかい空気、すこしやさしくなれる午後…

 

そんな、手に入らない、とうてい手に入らないものが、なぜかななのこころをものすごくうごかすのです。

 

海の波がさーっとひくとき、きらきらとかがやく砂浜、あのかがやきを、とじこめたいきもち。。

 

スノードームの、きらきらを、いっしゅんで切り取りたくて、なんどもさかさまにしてはもどして、シャッターをきった。

 

けど、ね、それはね、うごいて、ずっとへんかして、とらえられなくて、ななのものにはならなくて。

 

 

だからね、それが、、とても、きれい、なんだと、おもったの。。

 

いくらうつくしいものでも、それがとまってしまったら、もう、おしまい。

 

写真はすきだし、ひとのをみてるのもわりとすきだし、でも、おなじようなバエ写真なんかより、なんか、なんていうか、そのままこの目にやきつけられたらいいな、、って、いまはおもう。そうじゃなかったら、ときめかないし、写真なんて、うそばかり。写真にとられる前提でつくられたバエなたべものも、たまにはいいけど、たんなるすこしの刺激でしかない。みててもたべてても苦痛なときもおおい。

 

きらきらしてて、かわいらしくまたたいてて、とおく、とどかなくて、、

 

ななは、ずっとそんなものに、あこがれて、、

 

このままじゃ、だめかなぁ?

なな、このままでも、いいかなぁ?

 

ななたんで、いて、いいかなぁ…

 

 

 

 

 

 

じしんが、、

 

ないよ、、、

 

 

だめだまたないてる。。

 

 

もう、なくなっ!まくらがかわいそうだろ!毎晩目の汁吸って、たまにしか干してもらえずに、また日中からだらだら横になったかとおもったらまた目の汁すわされるんだぞ!せめてほしてやれ!そしてたまにはねるときにちゃんとつかってやれ!(ねるときは枕はあたまの上はです)まくらは目の汁吸水器じゃないぞ!まくらだ、ま、く、ら!

 

 

 

ななたんでいたい。。。

ぷええぇ

 

 

ななたんで、いさせてください、、おねがいします、そしたらなんでもします。。

 

もういいかげんなくのもつかれた、あたまがいたい。

 

きょうはもうだめだな、はやめにカーテンしめて1日おわらそ。

 

ほんとうにごめんね。。みぐるしいから、もうほんとうに、ごめんなさい。。